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大阪高等裁判所 昭和34年(う)1459号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 真木啓輔

検察官 前田幸之助

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役参年六月に処する。

原審における未決勾留日数中七拾日を右本刑に算入する。

当審及び原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の本件控訴の趣意並びにこれに対する弁護人の答弁は、それぞれ本判決書末尾添附の大阪地方検察庁検事正代理次席検事石原鼎の控訴趣意書副本並びに弁護人山口周吉の答弁書副本に記載の通りである。

検察官の論旨は、原判決が(一)強盗傷人罪の成立を認めなかつたのは強盗傷人罪の規定の解釈適用を誤つたものであり、(二)仮にこの点を除外しても被告人を懲役三年に処し、しかも五年間その刑の執行を猶予したのは、その量刑著しく軽きに失し、いずれの点からするも原判決は破棄を免れない、というのであり、弁護人の答弁の要旨は原判決には法令適用の誤りもなく、量刑の不当もない、というのである。

よつて先ず法令適用の誤の論旨について検討すると、

原判決は

被告人が金員強取の目的で、昭和三十四年五月三日午前〇時四十分頃布施市横沼三丁目七十番地の路上で被告人が乗車していたタクシーの運転手植田一雄に停車を命じ、同運転手が料金メーターを見ようとして前かがみになつた時、いきなり後部座席から所携の石塊二個を新聞紙に包んだもので同運転手の左頭部を一回殴打したが、同人がこれにひるまず大声をあげたため、金員強取の目的を遂げなかつた。

との強盗未遂の事実を認定し、公訴事実たる強盗傷人の事実を認定しなかつた理由として、右暴行によつて同運転手が受けた創傷は軽微で日常生活において一般に看過される程度のものであり、この程度のものは傷害罪の傷害ではあつても、強盗傷人罪という犯罪類型が本来予想する傷害ではなく、強盗罪の構成要件要素としての暴行中に包含されるものと解するのが相当であつて、傷害罪の構成要件要素としての「傷害」と強盗傷人罪の構成要件要素としての「傷害」とはともに傷害ではあるが、その各罪の構成要件の態様、立法趣旨もしくは法定刑の軽重(傷害罪の法定刑の下限は科料であるが、強盗傷人罪のその下限は懲役七年で、酌量減軽しても常に実刑を免れない)等を考慮し、合目的的解釈により、別異の意義を持たせなければならないと説示しているのである。

おもうに法令の解釈は、文理的のみならず、論理的、かつ合目的的でなければならないことは原判決の説く通りでありその結果個々の法規によつて同一の文言であつてもその意味内容が同一に解釈せられてはならない場合のあることも原判決のいう通りである。

しかし、原判決が傷害罪における傷害と強盗傷人罪における傷害とはその意義を異にし、強盗罪の構成要件要素としての暴行は、被害者の反抗を抑圧するに足る程度の強度性を必要とするものであるから、傷害罪における傷害の最軽度のものの如きは強盗の際の暴行に必然的に伴う結果としてその暴行中に包含され、強盗傷人罪における傷害にあたらないとする解釈はにわかに賛成しがたい。

元来刑法上にいわゆる傷害はあくまで法的概念であるから医学上創傷といわれる所のものと必ずしもその内容範囲を同じくするものではないが、刑法上の傷害とは一般に人の健康状態を不良に変更することをいい、人の健康状態を不良に変更する以上、その程度が軽微であるからといつて直ちに刑法上の傷害にあたらないとすることはできない。(最高裁判所第二小法廷昭和二十四年十二月十日判決参照)ただしかし、刑法が刑罰法規であることにかんがみ、又社会通念に照らして、吾人の日常生活において一般に看過されるような極めて軽微な身体の損傷、例えば本人が自覚しない程度の発赤とか表皮はく離、あるいは腫脹、何らの治療手段を施さなくても極く短時間に自然に快癒する疼痛の如きは、医学上はこれを創傷ないし病変と称し得ても、刑法上にいわゆる傷害にはあたらないと解するのが相当である。

そしてこのことは単に強盗致傷罪における傷害についてのみならず、傷害罪における傷害、強姦致傷罪における傷害その他刑法上の傷害一般(たとえば刑法第二百九条、第二百十一条、第二百十三条後段、第二百十九条、第二百二十一条、第百十八条第二項等)についてすべて同一に解すべきものであつて、傷害罪における傷害と強盗致傷罪その他刑法上の致傷罪における傷害との間にその傷害の意義について何らの差異は存しないものというべきである。ひるがえつて本件についてこれを見ると、証人植田一雄の原審並びに当審における証言、右植田一雄の司法巡査に対する供述調書、医師宮永尚平作成の植田一雄に対する診断書、当審証人宮永尚平の証言によると、本件の被害者植田一雄は、被告人に判示石塊で殴られた際、ガンと耳鳴りがするように感じ、勿論痛くもあつたが、警察官の現場検証が済むのを待つて被害後二時間か二時間半位経つてから、警察官の案内で宮永医院に行つた頃にはもうあまり痛まなかつた。しかし傷をしたという自覚は勿論あり、現場検証が済むのを待つている間に髪の間から傷をした所を手の指でさわつて見たところ、指の先に少し血がついた。医者の所では傷口を消毒して赤チンキを塗つて貰つたが、その後自宅で一回位妻に赤チンキを塗つて貰つただけで傷は三日位で治つた。この傷のために仕事に差支えるということはなかつたこと、並びに宮永医師が本件発生当夜右被害者を診察した時には、被害者の左側頭部に五十円銀貨大の高さ二粍乃至三粍程度の瘤ができ、その真中に皮膚からしみ出るような点々とした出血があり、同医師としては、大した傷ではないが何かで叩かれた挫創で、約五日間の療養(治療とは異なる)を要するものと認め、患部にオキシフルを塗つてその泡をふき取つた上赤チンキを塗り、なおその際あと一、二回来院して手当をした方がよいと言つたが、その後被害者は一度も来院しなかつたことが認められる。して見ると、その創傷の程度は幸いにして軽微であつたとはいえ、被害者において傷を受けた、ことの自覚は十分あり、客観的にも医師の治療を心要とする程度のもので、人の健康状態を不良に変更し、その生活機能をある程度損傷したものであることは明らかであつて、吾人の日常生活において一般に看過されるほど甚だしく軽微なものであるとは到底いうことができない。すなわち右植田一雄の受けた創傷は刑法上にいわゆる傷害にあたるものといわなければならない。

そうすると本件被告人の所為は強盗致傷罪を構成するものというべく、原判決が強盗致傷罪における傷害は傷害罪における傷害よりもその程度が高度のものであることを要すると解し、本件被害者の受けた創傷は強盗致傷罪の構成要件としての傷害とは認められないとしたのは、刑法第二百四十条前段の解釈適用を誤り、ひいて事実を誤認したものであつて、右法令適用の誤並びに事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

よつて、その余の論旨につき判断を為すまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条第三百八十二条により原判決を破棄し同法第四百条但書により、当裁判所において更に判決する。

原判決の挙示する各証拠並びに医師宮永尚平作成の診断書当審における証人植田一雄同宮永尚平及び被告人本人の各供述を綜合して左の事実を認定する。

被告人は昭和三十一年三月関西大学経済学部を卒業したものであるが、遊興費を得るため、自動車運転手から金銭を強奪しようと企て、昭和三十四年五月三日午前〇時二十分頃犯行の用に供するため、路傍で拾つた石塊二個(そのうち一個はコンクリート塊、長さ一四糎重さ四四〇瓦、他の一個の石塊は長さ約六糎重さ一五九瓦)(大阪高等裁判所物領昭和三四年第四三二号の一)を新聞紙に包み隠し持つて、大阪市都島区東野田町七丁目市電京橋停留所附近で植田一雄(当時三十九才)の運転する新共和タクシー株式会社の小型四輪乗用自動車に客を装つて乗車し、布施市方面に向つて車を走らせ、同日午前〇時四十分頃同市横沼三丁目七十番地路上にさしかかつた際、停車を命じ、同運転手が料金メーターを見ようとして前かがみになるや、いきなり後部座席から右新聞紙包みの石塊を以て、同人の頭部を一撃し、よつてその左側頭部に全治約三日乃至五日を要する挫創を負わせたが、同運転手がこれにひるまず、「何をするか」と大声を出し振り返つたので、被告人は相手が手強いと思い捕らえられることを恐れて、慌てて車外に逃げ出し金銭強取の目的を遂げなかつた。

右被告人の所為は刑法第二百四十条前段に該当するからその所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人には何等の前科なく、被害者の負傷は軽微であつたことその他諸般の情状上、同法第六十六条第七十一条第六十八条第三号により、刑の酌量減軽をした範囲内で被告人を懲役三年六月に処し、同法第二十一条により原審における未決勾留日数中七十日を各本刑に算入し、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り訴訟費用は全部被告人の負担とする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 奥戸新三 裁判官 塩田宇三郎 裁判官 青木英五郎)

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